努力をしたから結果が出るのか、結果が出たから努力をしたということになるのかということ

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すごくスキルも高く周りが認めるほどの努力をしているのに、なぜか結果のでない選手がビリヤードだけでなくスポーツ界にもたくさんいます。「才能がないから仕方ない」と言ってしまえばそれまでですが、才能ががなくても上達はするのかということ

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努力は必ず報われるものではない

テレビで結果を出したスポーツ選手やアーティストなどが、「努力は必ず報われる」という表現をすることがあります。そんな影響力のある偉人達が発信しているにも関わらず、一般の世界の人達は「努力は必ず報われるものではない、だからそこそこでいい」というのが当たり前の状況になっています。

目的を達成した方達は、たしかにそれまでに尋常ではない努力をし何度も失敗を経験してやっと目的を達成されてきたため「努力は必ず報われる」という表現になるのでしょう。しかし、その何度も失敗を繰り返し未だ結果を出せない人間から見れば本当に努力は報われるものなのか?と不安にもなります。

どんな世界にも必ず勝者と敗者がいて成功した者とそうでない者が存在します。ここ最近は競争を好まない社会になりつつもありますが、逆をいえば競争の世界に身を置くもの達にしてみればありがたいものです。それだけライバルの絶対数が減るのですから。

そもそも努力とは、他者があの人は努力をしていると認めるもので自分が自分自信は努力をしているなんて思うものではないはず。好きだからやっている事はそもそも努力とは言わないですし、好きで継続している途中に決して自分は努力しているなんて思わないはずです。そのため自分が努力をしているなんて思っている時点で、「やらされていること」になってしまいます。それでは努力は必ず報われるものではありません。

ビリヤードを人生のどの位置に置くかということ

どのスポーツも活躍する選手は、そのスポーツをその時の自分の人生の中心に置きます。毎日欠かさず練習をすることは当然のことですが、ビリヤードをしていない時にもビリヤードのことを考え日常の小さな出来事もビリヤードに繋げて考えているものです。

それだけビリヤードのことを頭から離さずに考えるということは、それだけ頭の中でのイメージトレーニングが実行されているということになります。本人はただただ自分のスキル向上のために、

  • どうしたら上手くなるのか?
  • どうしたらあのショットができるのか?
  • 自分より強い選手はどのようにあの球を撞くのか?
  • 強い選手はどんな立ち居振る舞いをしているのか?

などを日々考えています。

もちろん、天才はいる

どんな世界でも必ず天才と呼ばれる人間は存在します。天才とは、人が時間をかけて身につけるスキルをいとも簡単にまたは苦労もなく身につけたり、人が発想もしないことを実行したりという人たちです。

よくB級の選手が、あるショットをa級に教わっても「a級だからできるんでしょ?」という発言をする方もいますが、そのa級はB級に教えることができるくらい練習をしたということを忘れてはいけません。

練習をしたということは、それだけたくさんの失敗と成功の経験をしたということです。たしかにこの世には天才と呼ばれる人達は存在しますが、あらゆる技術の裏には膨大な失敗と成功という経験に裏付けされた技術ということを理解する必要があります。

逆に考えれば、練習で膨大な失敗と成功の経験を積めば誰でもそれだけの技術を身につけられるのかもしれません。幸いにも私たちが大好きなビリヤードは、特殊な身体能力はあまり必要としない競技です。しかしそれが身につくのか身につかないのかは、神のみぞ知るところでしょう。確かなのは、結果が出た(優勝したあるいは技術が身に付いたから)努力をしたということなのです。それでもビリヤードを続けますか?

それではまた。

 

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